藤原四子

 ALL モード 
以下の史料に関連して述べた文a~dについて,正しいものの組合せを,下から一つ選べ。

此(こ)の四家の流々(ながれながれ)(注1)此の朝(ちょう)に満ち弘(ひろ)ごりて隙(ひま)無し。
其(そ)の中にも二郎(注2)の大臣の御流(ながれ)は,氏の長者を継(つぎ)て,今に摂政・関白として栄(さか)え給(たま)ふ。
世を恣(ほしいまま)にして天皇の御後見(うしろみ)として政(まつりごち)(注3)給ふ,只(ただ)此の御流也(なり)。
太郎の大臣の南家も,人は多かれども末(すえ)に及(および)ては大臣・公卿などに成人難(なるかた)し。三郎の ウ も,人は有(あれ)ども公卿などに至る人無し。四郎の京家は,然(しか)る可(べ)き人は絶(たえ)にけり。
只侍(さぶらい)などの程にてか有らむ。

二郎は太政大臣まで成(なり)上(あが)り給て, エ の大臣と申す。白川の太政大臣と申す,此れ也。藤原の氏(うじ)の,摂政にも成り,太政大臣にも成(なり)給ふは,此の大臣の御時より始(はじま)れば也けり。(中略)御娘をば,文徳天皇の御后(きさき)にて,水尾(みのお)の天皇(注4)の御母也。染殿(そめどの)の后と申す,此れ也。
(注1) 流々:それぞれの子孫
(注2) 二郎:二男のこと。ⅰとⅱの「二郎」は別人である
(注3) 政:政治をみること (注4) 水尾の天皇:清和天皇
a 「四家」の祖である4人の兄弟は,光明子を皇后に立てることに成功した。
b 「四家」はそれぞれ,平安時代の中期・後期において摂政・関白を出した。
c 「白川の太政大臣」の娘は,天皇の后や母となった。
d 「氏の長者」となった人物が,摂政や関白となることはなかった。

古代の問題次の問題
ツイート